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Author:chaos infinity
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ヤマトファンよ「ヤマト&復活篇 100の質問」に乗艦せよ!!


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DATE: CATEGORY:「アニメ」のこと
『新竹取物語1000年女王』は連載のスタート時点でアニメ化も決定しており、東映動画が製作し、TVシリーズは81年春からフジテレビでオンエアー、劇場版は82年春に東映系で公開。
ラジオはニッポン放送がサポートし、サンケイ出版は連載漫画の単行本化やノベライズ版の刊行(中断され未完で終った)を行い、『銀河鉄道999』舞台版を成功させたSKDによる舞台化、更には「国際科学技術博覧会(つくば博)」との連動も視野に入れ、他にも幾つかのイベントを準備していた。
80年代にフジ・サンケイグループは互いに連携しながら様々なイベントを行うが、その走りとなったのがこの『1000年女王』だった筈である。

その中心となるべく『銀河鉄道999』の後番組として満を持して始まったTVシリーズの『新竹取物語1000年女王』だったが、『999』ほどの人気は得られずひっそりと終了した印象がある。
実際は当初から予定されていた一年間の放送を全うしているのだが、途中で野球中継や特番などで休止になった回も多く、放送された話数は大凡10か月分相当だったこともそのイメージに拍車をかけている。
また主人公の雪野弥生をはじめとする女性キャラクターが、いわゆる”松本美女”とは異なるイメージでデザインされていたことも、ファンにそっぽを向かれる要因だったと思われる。

一方、TV版の最終回を間近に控えた時期には劇場版の『1000年女王』が公開された(「新竹取物語」の冠は付かない)。
雨森始に焦点を当てたTV版に対しこちらは弥生が中心で、デザインは原作に準拠。
「1000年女王はメーテルだった」と『999』に絡めた宣伝も行われたが、作品内では『999』とのリンクを示す要素もなく空回りに終わっている。

特にこの時期は雪野弥生とメーテルに関する松本零士の発言はブレまくり、『1000年女王』連載開始直後には「雪野弥生=プロメシューム(メーテルの母)」と明言しており、映画『さよなら銀河鉄道999』にもそれを踏まえたと思しき描写があるのだが、何故か『1000年女王』劇場版の公開が近付くにつれ急遽「雪野弥生=メーテル」であると前言を撤回している。

その後90年代の終わりから00年代にかけて再ブームが訪れた際には、再び「弥生=プロメシューム」となり現在に至っているが、当時としてはファン向けのアピールだったのかもしれないが、メーテルが主人公だからと言って一般観客が『1000年女王』に関心を寄せるとは思えず、逆に熱心なファンほど混乱を覚えるという点でこれは戦略ミスだっただろう。

これが松本零士ブームの終わりの始まり。
だが82年は春の『1000年女王』に続いて夏には『わが青春のアルカディア』と年に2本の松本アニメが公開。更に翌83年は春に『宇宙戦艦ヤマト完結編』、夏に『クィーン・エメラルダス』とこれまた2本の松本アニメが予定されていることが公表されていたので、その終焉の足音にはまだ気づいていなかったのだ。(e)
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DATE: CATEGORY:「アニメ」のこと
1980年に始動したビックプロジェクト、それは『新竹取物語1000年女王』。

まず1月から「サンケイ新聞」で「一日1ページ」「全1000回」ということで連載がスタート。
その前夜(当日早朝)にはニッポン放送の『オールナイトニッポン電話リクエスト』枠で、前人気を煽る特番「午前零時松本零士です」が放送された。

松本零士本人をメインパーソナリティに招き、関係者(手塚治虫、西崎義展、牧美也子、下宿先の大家一家など)にインタビュー取材したライフストーリーや、松本作品の名場面紹介(「オールナイトニッポン」4時間生ドラマ『宇宙戦艦ヤマト』からの抜粋や、「キリンラジオ劇場」で放送された『ザ・コクピット』、更にその週にTV放送予定分の『銀河鉄道999』のエピソードのお披露目など)に加え、『1000年女王』もドラマ化するという力の入れようだった(配役は雪野弥生に池田昌子、雨森始に古谷徹)。
そして連載開始から約2年間、『1000年女王』は様々なメディアを駆け巡ることになる。

因みにこの「午前零時松本零士です」は翌年3月まで、都合3回放送された(2回目は日高敏との共著『漫画歴史大博物館』刊行に合わせたもので、3回目はSKDの『新竹取物語1000年女王』公演を前にした特番であった)。 (e)
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DATE: CATEGORY:「アニメ」のこと
劇場版『銀河鉄道999』は大ヒット作品となった。

公開前のイベントとして有名なのは、国鉄とタイアップしたミステリー列車だろう。
松本零士、野沢雅子、池田昌子、肝付兼太、麻上洋子らゲストを乗せた行き先不明の特別編成の列車が、上野駅を出発し終着駅のアンドロメダ・ステーションを目指すという趣向は評判を呼び、以後しばらくは同様のイベントが幾つか行われている。
ちなみに自分も応募したものの、敢え無く選に漏れている。

当日は文化放送がささきいさおをパーソナリティにして30分の特番を2回放送。
1回目は出発直前の様子を、2回目は終着駅到着の模様をそれぞれ生で実況中継を行い、更にその後で今度はフジテレビが同じくイベントの模様をダイジェストにした特番を放送するという力の入れようである。

終着駅のアンドロメダ・ステーションに擬せられたのは、栃木県の烏山駅。
もっとも鉄道ファンには、事前の様々な情報(運転時刻の変更など)から推測は可能だったようだ。(e)

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DATE: CATEGORY:「アニメ」のこと
劇場版『銀河鉄道999』が作られることを知ったのはいつだったろう?
TV放送開始直前だったか直後だったかの「アニメージュ」には映画化について触れている記事があるが、あまり記憶に留めていなかったから78年の暮れぐらいだったか。
年明け早々だったか春先には、当時加入していた東映アニメーションファンクラブの会報が大々的に取り上げていたので、「ヤマトの次は999か」と実感したと思う。

何れにせよTVシリーズの人気を受けての映画化ではなく、放送開始の前に決まっていたというのは凄いこと。それだけ「松本零士」ブランドに寄せる信頼が高かったということか。
しかし先行していた『宇宙海賊キャプテンハーロック』のTVシリーズは、視聴率的には(玩具の売り上げも?)苦戦していたはずなのだが。

劇場版『999』は前日から徹夜で並びこそしなかったものの、初日の早朝から映画館へ駆けつけた。
確か7時過ぎくらいに映画館へ着いたと記憶しているのだが、既に一回目の上映は始まっていて同じ建物にある別の映画館での代打上映に運良く潜り込んだ。
お目当ての先着プレゼントのセル画は貰えなかったものの、代わりにロビーカードを貰い、比較的空いていた劇場でゆったり観賞(代打上映の件は事前に告知がなく、緊急避難的な措置だったのだろう)。
見終って外に出ると、そこには長蛇の列が…。 (e)
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DATE: CATEGORY:「アニメ」のこと
TVシリーズの『銀河鉄道999』には、最後まで馴染めなかったような気がする。
蒸気機関車が空を飛ぶというヴィジュアルにも、ストーリーにも、メーテルと鉄郎、車掌といったメインキャラクターにも特別に惹かれるものはなかった。
そして音楽にも。
今でこそ「組曲 銀河鉄道999」は愛聴盤だが、青木望の音楽は自分にとって「異質なもの」だった。

原作漫画を読むようになると、今度はストーリーの改変いや改悪ぶりに我慢がならなくなり、この時期の東映動画作品にはよくあることだが作画の乱れが気になりだし…。
いやはや良い思い出が見つからない。

それでも放送一周年を迎え、2時間の『銀河鉄道999スペシャル』が放送される頃まではなんだかんだで毎週テレビの前に座り続けた。
『宇宙海賊キャプテンハーロック』とは違う失望を覚えながら、決して熱心な視聴者とは言えないまでも。(e)

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